労務管理
2022年10月更新
1. 労働法制
⑴ 労働法制総説
シンガポールの労働法制においては、雇用法(Employment Act 1968)が中心的地位を占めますが、労働組合法(Trade Unions Act)、労働争議法(Trade Disputes Act)、労働関係法(Industrial Relations Act)など、他にも多くの関連法があり、また、コモン・ローも様々な状況において適用されます。
加えて、雇用関連の問題に関するガイドラインと勧告が、 人材開発省(MOM:Ministry of Manpower)を含む政労使の三者によって設立された公正で進歩的な雇用慣行のための三者同盟 (TAFEP:Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices)によって定期的に出されますが、これらには直接的な法的拘束力はないものの、仮に使用者がこれに従わない場合、この三者同盟の一当事者である人材開発省によって調査され、ビザ関連の特権を削減される可能性があるため、注意が必要です。
⑵ 雇用法の適用対象
雇用法は、契約が雇用契約(Contract of Service)であることが前提であり、Contract for Serviceに該当する委任契約や請負契約等には適用されません。また、雇用法の適用対象となる雇用契約を締結している労働者・従業員については、①Workman (肉体労働者や単純作業を伴う労働者)、②Non-Workman(管理職、専門職、Workman以外の労働者)、③PME(Professional, Managers, and Executives:管理職・専門職)の3つに分類でき、月収によって雇用法の適用対象の範囲が異なるのが特徴です。2019年4月1日に改正雇用法が施行されたことにより、雇用法の適用対象となる労働者の範囲が拡大しました。
雇用法は、原則としてすべての従業員を適用対象としていますが、①船員、②家政婦、庭師、運転手等の家事労働者、③法定機関又は政府によって雇用された者(公務員)については、それぞれ別の法令によって規制されるため、雇用法の適用対象からは除外されています。
また、休日、労働時間、及びその他の労働条件を規定する雇用法第4章は、①月額基本給4,500SGドル以下のWorkman、②月額基本給上限が2,600SGドル以下のNon-Workmanにのみ適用されます。
TAFEPのガイドラインと勧告は、基本的にすべての従業員と雇用主に適用されますが、直接的な法的拘束力がない点については、前述のとおりです。
⑶ 雇用法の強行法規性とコモン・ローの雇用契約内容への影響
雇用法は、同法によって規定された条件よりも従業員にとって不利な雇用契約上の条件を違法、無効とする旨規定しています(強行法規)。そのため、雇用契約書の作成においては、その内容が雇用法に抵触しないように、細心の注意を払う必要があります。
加えて、前述のとおり、コモン・ローの適用にも留意しなければなりません。シンガポールの裁判所は、雇用契約当事者間における相互の信頼と信用に基づく義務を認めており、雇用契約書や雇用法に直接明示されていなくとも、使用者は労働者に対して様々な義務を負うものと考えられています(例えば、一方的かつ不当に雇用契約の条件を変更しない義務、セクシャルハラスメントの苦情を調査する義務、礼節と敬意を持って行動する義務などがありますが、これらに限られません)。
2.就業規則
シンガポールにおいては、就業規則の作成は法的には義務付けられていません。もっとも、多くの企業において就業規則が作成されているのが実状です。
就業規則の法的拘束力は、個別に定められた雇用契約よりも弱いため、個別雇用契約や労働協約とは異なる定めが就業規則にあった場合、一般的には、就業規則の規定はそれらに劣後し、無効となります。
3.賃金
雇用法は賃金全額払いの原則を規定しているため、従業員からの書面による同意がない限り、原則として、賃金から一定額を控除して支払うことはできません。ただし、欠勤控除、損害賠償による控除、所得税控除、中央年金基金(CPF:Central Provident Fund)に関する控除等、例外的に控除が認められている場合もあります。
退職金や賞与の支払義務については、雇用法には定められていないため、就業規則、雇用契約、労働協約等で定められた場合に限り、会社は支払いを行えば足ります。
また、最低賃金については、一部の業種を除き、設定されていませんでした。しかしながら、労働集約型で、職場において体系的な研修が十分に実施されておらず、結果的に低所得となっている業種については、「累進的賃金モデル(PWM:Progressive Wage Model)」(職種と技能に応じて賃金を段階的に上げる制度)が導入されています。
シンガポールの人材開発省は、2022年9月1日から小売業、2023年3月1日から飲食サービス、同年7月1日からごみ処理部門で働く労働者について、PWMを導入する旨のTAFEPの勧告を受け入れているため、今後PWMの導入が拡大される見込みです。
4. 解雇
⑴ 解雇総説
シンガポールの労働法制の特徴の1つは、使用者が解雇を行うための要件が他のASEAN各国と比べて緩やかで、会社側が比較的容易に雇用契約を終了することができる点が挙げられます。以下では、シンガポールにおける、一般的な解雇の要件と、解雇に必要な手続を紹介します。
⑵ 普通解雇
シンガポールにおいては、使用者が雇用契約を終了する場合、雇用契約に定められた予告通知等の手続を履践すれば解雇は有効であり、解雇の正当事由は要件とはされていません。ただし、法令上定められた以下の予告通知期間を下回ることはできません。
・雇用期間が26週間未満の場合 :1日以上
・雇用期間が26週間以上2年未満の場合:1週間以上
・雇用期間が2年以上5年未満の場合 :2週間以上
・雇用期間が5年以上の場合 :4週間以上
⑶ 整理解雇
経営上の理由等による整理解雇を行う場合も、普通解雇と同様、労働者に対して予告通知の手続が必要になります。もっとも、普通解雇の場合とは異なり、勤続年数2年以上の労働者に対しては、整理解雇手当を支払う必要があるというのが人材開発省の見解です。整理解雇手当の金額は、労働協約や雇用契約の規定に従うのが原則ですが、規定がない場合は、従業員(又は労働組合)との交渉により決めることになります。
⑷ 懲戒解雇
労働者が違法行為を行っている場合、会社は、十分に調査をし、その上で労働者を懲戒解雇することができます。予告通知については、労働協約、就業規則、又は個別雇用契約に規定がある場合はこれに従いますが、規定がない場合は、予告通知なく、即時解雇が可能です。
⑸ 解雇制限
一般的な解雇の要件は以上のとおりですが、政策的観点から、①産前産後の休業期間中の解雇(雇用法)、②労働組合の結成を理由とする解雇(労使関係法)、③兵役を理由とする解雇(兵役法)等には、解雇が制限されていますので、注意が必要です。また、不当な解雇に対しては不服申立て制度が整備されていますので、不用意な解雇にも注意が必要です。
以上