タイにおける知的財産権

2016年12月13日更新

 タイでは、WTOに加盟した1995年以降、ウルグアイ・ラウンドにおいて合意されたTRIPS協定履行のため、特許法、商標法等の法改正や、営業秘密法、集積回路の回線配置保護法、地理的表示法等の制定が行われてきた。また、日本との関係でも2007年4月に日タイ経済連携協定が締結されており、知的財産権の保護について連携していく旨が合意されている。

 タイにおける知的財産制度は近年急速に整備されてきているが、知的財産権の審査の長期化や模倣品による知的財産権の侵害等、課題は依然として残されている状態である。

 タイの主な知的財産権関連法としては、特許法、商標法、著作権法、営業秘密法、集積回路の回線配置保護法、地理的表示法、種苗法がある。以下では、特許法で規定されている発明特許権、小特許権、意匠特許権と、個別法で規定されている商標権、著作権、営業秘密について、検討を加える。

1.特許法上の権利

  1. (1) 発明特許権
  2.  ア 保護の対象

     発明特許で保護される発明とは「新規に物又は方法を発見し又は想像すること、あるいは物又は方法の改良を行うこと」と規定されており、「物の発明」と「方法の発明」の2種類が存在する。

     イ 登録要件・不登録事由

     発明特許の登録要件は、当該発明が①新規性を有すること、②進歩性を有すること、③産業上利用できることである。

     発明特許の不登録事由は、①自然発生する微生物及びそれらの成分、植物、又は動物若しくは植物からの抽出物、②科学的又は数学的法則及び理論、③コンピュータ・プログラム、④人間及び動物の疾病の診断、処置又は治療の方法、⑤公の秩序、道徳、健康又は福祉に反する発明である。

     ウ 出願から登録までの流れ

     出願後、初めに方式的要件の審査が行われる。そのうち、補正が必要な出願については補正命令が、不特許事由に該当する出願については拒絶命令が出される。出願が方式的要件を満たしている場合、局長から出願公開命令が発出され、特許出願人に通知される。

     特許出願人が、その公開命令を受領した日から60日以内に公開費用を支払った場合、出願の公開が行われる。

     その後、特許出願人が当該出願公開日から5年以内に商務省知的財産局の担当官に対して審査請求を行うことで実体審査が行われる。

     実体審査の結果、実体要件を具備すると判断された出願は、局長から登録命令を受ける。特許出願人が、登録命令を受領した日から60日以内に特許証の手数料を納付した後、特許証が交付される。

     エ 保護される実施行為

     発明特許権者は、①製品の発明に関して、当該製品の製造、使用、販売、販売のための所持、販売のための供給、国内への輸入を行うこと、②方法の発明に関して、当該方法を使用し、また、当該方法で製造した製品を生産し、販売し、販売のために所持し、販売のため供給し、輸入を行うことについて、独占的権利を有する。但し、特許権者の通常利用に反しない限度での教育的利用など、一定の場合には特許権が及ばない。

     オ 保護期間

     発明特許権の保護期間は出願日から20年間である。

  3. (2) 小特許権
  4.  ア 保護の対象

    保護対象は小発明であり、小特許権は日本の実用新案権に相当する。同一の発明について小特許と発明特許の双方を出願することはできない。

     イ 登録要件・不登録事由

     小特許の登録要件は、当該発明に①新規性があり、②産業上利用できることが必要である。発明特許と異なり進歩性は要求されない。不登録事由は発明特許の規定が準用されている。

     ウ 出願手続及び審査

     出願後は、初めに方式審査が行われる。発明特許と同様、補正命令や拒絶命令が発出される場合もあるが、方式審査の結果、登録に値すると判断された出願は、局長から登録命令を受ける。発明特許と異なり、登録前の実体審査制度はない。そして、出願人が登録命令を受領した日から60日以内に出願人が手数料を支払った場合、その小特許は登録され、後日公開される。

     エ 保護される実施行為

     発明特許の規定が準用されている。

     オ 保護期間

     小特許権の保護期間は出願日から6年間であるが、その権利期間を2年間2回延長することができる。

  5. (3) 意匠特許権
  6.  ア 保護の対象

     意匠とは「製品に特別な外観を与え、工業製品又は手工芸製品に対する型として役立つ線又は色の形態又は構成」をいう。

     イ 登録要件・不登録事由

     意匠特許は、工業、工芸のための新規の意匠に対して行われなければならない。①意匠特許出願の前に、国内で他人に広く知られ又は使用されていた意匠、②意匠特許出願の前に、国内外で文書又は印刷刊行物において開示又は記述されていた意匠、③意匠特許出願の前に、公開命令又は特許法の規定に基づき公開されたことがある意匠、④前記①~③の意匠に類似しており模倣と認められる意匠については新規性が認められない。

     意匠特許の不登録事由は、①公序良俗に反する意匠、②勅令で定められた意匠である。

     ウ 出願手続及び審査

     出願後は、方式審査が行われる。補正が必要な出願については補正命令が、不特許事由に該当する場合については拒絶命令が出される点、発明特許等と同様である。

     方式審査の結果、補正や拒絶をするに当たらないと判断された出願は、局長から公開命令を受け、出願人に通知される。出願人が当該公開命令を受領した日から60日以内に公開費用を支払った場合、出願の公開が行われる。

     意匠出願については発明特許のような審査請求制度はなく、出願公開後90日以内に異議申立てがなかったか、あるいは最終的に異議申立てが認められなかった場合に実体審査が行われる。そして、実体審査の結果、意匠を受けるに値すると判断された出願は、局長から登録命令を受ける。意匠出願人は当該登録命令を受領した日から60日以内に意匠証の手数料を納付した場合に、意匠登録証を受領することができる。

     エ 保護される実施行為

     意匠特許の登録を許可された意匠特許権者は、製品の製造において特許意匠を使用する権利、又は特許意匠を具現した製品を販売し、販売のため所持し、販売のため供給し若しくは輸入する独占的権利を有する。

     オ 保護期間

     意匠権の保護期間は出願日から10年間である。

  7. (4) 権利侵害に対する対抗措置
  8.  特許法上、権利侵害行為に対しては、禁止命令、損害賠償、侵害品の没収及び廃棄命令といった措置が規定されている。

     また、発明特許権及び意匠特許権侵害に対しては、2年以下の拘禁刑若しくは40万タイバーツ(約129万3000円)以下の罰金、又はその両方が科せられる。小特許権侵害に対しては、2年以下の拘禁刑もしくは20万タイバーツ(約64万7000円)以下の罰金、またはその両方が科せられる。

2.商標権

  1. (1) 保護の対象
  2.  タイにおいて商標権は商標法において規定されており、商標、サービスマーク、証明商標、団体商標等が保護されている。

     「標章」とは、肖像、図案、図形、ブランド、名称、語、文字、数字、署名、色彩、形若しくは物の配置の組合せ又はこれらの結合を言う。

     「商標」とは、その商標の所有者の商品が他人の商標を有する商品と異なることを示す目的で商品に関連して使用する、又は使用を意図する標章を言う。

     「サービスマーク」とは、そのサービスマークの所有者のサービスが他人のサービスマークを有するサービスと異なることを示す目的でサービスに関連して使用する、又は使用を意図する標章を言う。

     「証明商標」とは、商品の出所、成分、製造方法、品質又は他の特徴、又はサービスの性質、品質、種類又は他の民間又は政府団体が使用する、又は使用を意図する商標又はサービスマークを言う。

  3. (2) 登録要件・不登録事由
  4.  商標の登録要件は、①識別性があり、②商標法で禁止されている特徴を持たず、③他人が登録した商標と同一又は類似でない商標であることである。

     商標の不登録事由は、①国の紋章又は盾形紋章、王室の印章、公印、チャクリ王朝の紋章、王室の勲章からなる紋章及び記章、官庁印、省、事務局、局又は州の印章、②タイの国旗、王旗又は公式な旗、③王室の名称、王室のモノグラム(組合せ図案文字)、又は王室の名称若しくは王室のモノグラムの省略形、④王、王妃及び王位継承者の肖像、⑤王、王妃若しくは王位継承者又は王族を表す名称、語、言葉又は紋章、⑥他の国の紋章及び国旗、国際組織の紋章及び旗、他の国の首長の紋章、他の国又は国際組織の公式の紋章及び品質管理証、他の国又は国際組織の名称及びモノグラム(但し、当該他の国又は国際組織の担当官の許可がある場合はこの限りでない)、⑦赤十字の公式記章及び紋章、又は「Red Cross」若しくは「Geneva Cross」の名称、⑧タイ政府、タイの政府機関、公共企業体若しくはタイのその他の政府組織、又は外国政府若しくは国際機関が主催した博覧会又はコンテストで授与されたメダル、免状又は証明書の外観と同一又は類似の標章又はその他の標章(但し、当該メダル、免状、証明書又は標章がその描写を付した商品に関して出願人に実際に授与され、係る商標の一部として使用される場合を除く)、⑨公序良俗に反する標章、⑩登録商標であるか否かを問わず、大臣の告示で定める著名商標と同一の標章、又は商品の所有者若しくは出所に関して公衆を混同させる虞のある商標に類似する標章、⑪前記①、②、③、⑤、⑥又⑦に類似する商標、⑫地理的表示に関する法律に基づいて保護されている地理的表示、⑬大臣の告示で定めるその他の商標に該当することである。

  5. (3) 出願手続及び審査
  6.  出願後は、出願に係る商標の登録要件について審査が行われ、審査の結果、登録の要件を満たしていると判断された商標については出願公開命令が発出される。他方、補正の必要のある出願に対しては補正命令が、商標の登録要件を満たしていない商標出願については拒絶査定が出される。

     商標出願人が、出願公開命令を受理した日から60日以内に、出願公開に係る手数料を支払った場合、出願公告がなされる。

     そして、出願公告日から90日以内に第三者から異議申立てがなかった場合、又は第三者の異議申立てが成立しなかった場合、商標登録がなされる。

  7. (4) 保護される実施行為
  8.  商標の所有者として登録された者は、登録が付与された商品に関して当該商標を使用する独占的権利を有する。

  9. (5) 保護期間
  10.  商標の保護期間は登録日から10年間である。

  11. (6) 権利侵害に対する対抗措置
  12.  商標法上、権利侵害行為に対しては、侵害品の没収及び使用の差止めの措置が規定されている。

     また、①他人の登録商標の偽造、偽造された商標を付した物品の輸入・販売・販売の申し出・所持及び偽造した商標を付したサービスの提供又は申し出る行為については、4年を超えない禁固若しくは40万タイバーツ(約129万3000円)を超えない罰金、又はその両方が科せられる。②公衆に他人の登録商標と誤認させる模倣、模倣した商標を付した物品の輸入・販売・販売の申し出・所持及び模倣した商標を付したサービスの提供又は申し出る行為については、2年を超えない禁固若しくは20万タイバーツ(約64万7000円)を超えない罰金、またはその両方が科せられる。

3.著作権

  1. (1) 保護の対象
  2.  著作権の認められる著作物とは、その表現の態様又は形式を問わず、文芸、学術又は美術の分野に属する文芸、演劇、美術、音楽、視聴覚、映画、録音、音及び映像の放送の著作物その他の著作物をいう。著作権の保護は、着想又は手順、工程、体系、使用の手法、操作、概念、原則、発見、科学的・数学的理論には及ばない。

  3. (2) 著作権の登録制度
  4.  タイはベルヌ条約の締結国であり、無方式で著作権が成立するため、権利の成立という観点において登録の必要はない。もっとも、登録は知的財産・国際貿易裁判所等の紛争処理手続で著作権者であることの証明に用いられるため、著作権侵害対策という観点からは、登録手続を行っておくことが望ましい。

     登録手続にあたっては、知的財産局や州の財務局に申請書を提出する必要がある。登録されると、知的財産局から申請者の住所に証明書が送付され、第三者にも公開される。

  5. (3) 保護される実施行為
  6.  著作権者は、創作された著作物に関し、著作権法に基づく行為をなす排他的権利を有する。

     具体的には、①複製又は改変、②公衆に対する伝達、③コンピュータ・プログラム、視聴覚著作物、映画の著作物及び録音物の原作品又はその複製物の貸与、④著作権から生じる利益の他人への供与、⑤条件を付しまたは無条件で前記①~③の権利の使用許諾を他人に与えること(但し、その条件は不公平に競争を妨げるものであってはならない)である。

  7. (4) 保護期間
  8.  著作権の保護期間は著作者の生存期間及びその死後50年間存続する。

  9. (5) 権利侵害に対する対抗措置
  10.  著作権法上、権利侵害行為に対しては、逸失利益や合法的支出を含む損害賠償及び差止命令といった措置が規定されている。

     また、直接的侵害の場合、2万タイバーツ(約6,5000円)以上20万タイバーツ(約64万7000円)以下の罰金が科せられるが、当該侵害行為が商業目的のもとになされたときは、6カ月以上4年以下の禁固または10万タイバーツ(約32万3000円)以上80万タイバーツ(約258万5000円)以下の罰金、又はその両方が科せられる(。間接的侵害の場合、1万タイバーツ(約32,000円)以上10万タイバーツ(約32万3000円)以下の罰金が科せられるが、当該侵害行為が商業目的のもとになされたときは、3ヶ月以上2年以下の禁固または5万タイバーツ(約16万2000円)以上40万タイバーツ(約129万3000円)以下の罰金、又はその両方が科せられる。

4.営業秘密

  1. (1) 保護の対象
  2.  営業秘密とは、まだ一般に広く認識されていない、又はその情報に通常触れられる特定の人にまだ届いていない営業情報であって、かつ機密であることにより商業価値をもたらす情報、及び営業秘密管理者が機密を保持するために適当な手段を採用している情報であるものを意味する。営業情報とは、伝達方法及び形態に関わらず、主旨、内容、事実又はその他の意味を伝える媒体を意味し、調製法、様式、解釈若しくは結合したもの、プログラム、方法、技術、又は工程を含む。

     営業秘密として保護を受けるためには、①秘匿性、②有用性、③秘密管理性の3要件を満たす必要がある。

  3. (2) 営業秘密の登録制度
  4.  営業秘密はそれが秘密である限り自動的に保護されるため、営業秘密の保護という観点からは登録の必要はない。もっとも、営業秘密保有者は自らが所有者であるということを記録するべく知的財産局に手続を行っておき、紛争が生じた場合に備えておくことが推奨される。

  5. (3) 保護される実施行為
  6.  営業秘密保有者は、営業秘密を開示、持ち出し若しくは使用する権利を有し、又は今後もその営業秘密の機密性を保持すると言う条件の下で、他人が営業秘密を開示、持ち出し若しくは使用するのを許可する権利も有する。

  7. (4) 保護期間
  8.  営業秘密は、それが秘密とされている期間中は保護される。

  9. (5) 権利侵害行為に対する対抗措置
  10.  営業秘密法上、権利侵害行為に対しては、侵害差止と中止命令及び恒久的侵害中止命令と補償金支払い命令といった措置が規定されている。

     また、他人が保有する営業秘密が事実上損失を被るように、悪意により営業秘密状態でなくなるように開示した場合、1年以下の禁固あるいは20万タイバーツ(約64万7000円)以下の罰金、又はその両方が科せられる。営業秘密を保護管理する権限を持つものが、自己または他人の利益のために正当な権利なく秘密を開示または使用した場合、5年以上10年以下の禁固あるいは100万タイバーツ(約323万6000円)以上200万タイバーツ(約647万3000円)以下の罰金、またはその両方が科せられる。

    以上