シンガポールにおける投資優遇制度

2022年10月更新

 シンガポールにおける投資優遇制度の特徴の1つは、ASEAN各国において多くみられる一定の事業活動に対して認められる優遇措置に加えて、事業内容・活動地域とは無関係に広く一定の会社であれば利用できる税務上の制度が存在している点です。つまり、シンガポールにて事業を営む企業等は、ASEANの中で低いとされるシンガポール法人税率(17%)に、これらの制度を活用することによりさらなる税務上のメリットを享受することができます。以下では、1. 一般的な税務上の制度、2. 特定の事業に対する主な優遇制度の順に記載します。

1. 一般的な税務上の制度

 以下では、シンガポールにおける法人が一般的に法人所得税の減免を受けうる制度として、(1)新スタートアップ会社向け免税制度、(2)部分免税制度を紹介した後、シンガポールの税制の特色の1つである(3)キャピタルゲイン非課税について記載します。

(1) 新スタートアップ会社向け免税制度(Tax Exemption Scheme for New Start-Up Companies)

 この免税制度を利用した場合の免税率は以下のとおりです。

  2019年賦課年度まで 2020年賦課年度以降
免税対象額 最初の10万SGドルまで:全額免税次の20万SGドルまで:50%免税 最初の10万SGドルまで:75%免税次の10万SGドルまで:50%免税

 かかる制度を利用するための要件は以下のとおりです。

  • ① シンガポールで設立された会社であること。
  • ② シンガポールの税法上の居住法人であること。
  • ③ 株主が20名以下であり、かつ全ての株主が自然人であるか又は1名以上の自然人株主が少なくとも10%の株式を保有していること。
  • ④ 主たる事業内容が、投資会社、売買または投資用不動産の開発でないこと。

(2) 部分免税制度( Partial Tax Exemption for Companies )

 この免税制度は、設立から3年を超えるすべての会社、のみならず外国会社の支店にも適用されます。具体的な免税率は以下のとおりです。

  2019年賦課年度まで 2020年賦課年度以降
免税対象額 最初の1万SGドルまで:75%免税次の29万SGドルまで:50%免税 最初の1万SGドルまで:75%免税次の19万SGドルまで:50%免税

(3) キャピタルゲイン非課税

 シンガポールにおいては、原則としてキャピタルゲインに対して課税はされません。そのため、投資目的で保有する株式等の売却といった資本取引から生じた売却益については、原則非課税となります。

 もっとも、資本取引に該当しない株式などの売却益(インカムゲイン)は、本業所得とみなされ通常の法人税の課税対象となります。

 かつては、資本取引に該当するのか否かの判断について、困難なケースも多かったのですが、企業が保有する関連会社の株式の売却時における譲渡所得については、2012年6月1日から2027年12月31日の間、売却前に最低24カ月以上にわたり、20%以上の株式保有率を維持している場合には、キャピタルゲインに該当することとされ、課税所得の対象から除外されることとなりました。もっとも、これに該当しない場合には、取引頻度、保有期間、売却の背景等によって判定を行うこととなります。

2. 特定の事業に対する主な優遇制度

 シンガポール政府は、事業戦略の拠点としてシンガポールを活用し、又は相当規模の資本投資、高度な技術・製造技術に関連したプロジェクト、特殊技術や専門的サービスの提供を行う企業等に対して様々な優遇措置を用意しています。以下では、進出企業において検討することが比較的多いと思われる制度の概要を紹介します。

(1) 地域・国際統括本部(Regional / International Headquarters Award:RHQ / IHQ)

 シンガポールで地域・国際統括業務を営み、政府の認定を受けた企業は、適格増分所得について0%~15%の軽減税率が適用されていましたが、2015年10月1日以降に当該制度は廃止され、 PC(パイオニア・インセンティブ)またはDEI(開発・拡張インセンティブ)、のいずれかに基づいて審査・認定される制度に統合されました。

(2) パイオニア企業優遇制度(Pioneer Certificate Incentive: PC)

 この制度は、特定製品の製造の奨励及び特定サービスの発展を目的としたものであり、パイオニアとして政府から認定を受けた場合、要件を満たした事業活動から得た増分適格所得については、法人所得税の免除を受けることができます。認定の具体的な基準は定められておらず、シンガポールでの設備投資額、製品の種類、投資規模、技術レベル等を考慮して、原則として政府との協議を通じて判断されます。なお、2015年度予算案により、ベンチャーキャピタルについては、対象項目から外されました。

(3) 開発・拡張優遇制度(Development & Expansion Incentive: DEI)

 この制度は、過去にパイオニアの認定を受けていた企業やパイオニアの認定を受けられなかった企業を対象としています。開発・拡張インセンティブの認定を受けるためには、一定の基準を満たす新規プロジェクトの実施やシンガポールにおける事業の拡張又は増強等を行う必要があります。認定に際しては、固定資産投資額、シンガポールにおける事業支出総額、技術・能力開発、プロジェクトの質、技術革新の内容などを基準にして判断されます。税制優遇の内容としては、適格活動に対して、5%又は10%の軽減税率が適用されます。

(4) 合併・買収スキーム(M&A Scheme)優遇制度

 2016年4月1日以降に行われた一定の要件を満たすM&Aについては、適格取得価格の25%(上限年間4,000万SGドル)の損金算入、及び法務関連費用や株価評価費用を含む買収関連費用(上限年間10万SGルドル)の200%相当額の損金算入が認められています。

 また、従来認められていた印紙税の免除(上限8万SGドル)については、2020年予算において、2020年4月1日以降は廃止されることが決定されました。なお、前述の損金算入については、2020年予算において、制度期限が2025年12月31日まで延長されました。

 2020年4月1日から2025年12月31日までの期間のM&Aに適用される優遇制度の要件の概要は以下のとおりです。

(a) 株式取得割合の要件(買収会社による直接取得又は株式取得のための子会社による間接的な取得でも充足可。)

  • 対象会社の50%を超える普通株式を取得すること、又は
  • 対象会社の普通株式の20%以上を取得し、かつ対象会社の取締役1名を有する等の一定の要件を満たすこと。

(b) 対象会社の要件

  • 対象会社が株式取得時に事業を行っており(シンガポールで事業を行っていることは要件とされていない。)、かつ株式取得前12ヶ月を通じて少なくとも3名の従業員を有すること。

(c) 買収会社の要件

  • シンガポールで設立されかつ税法上の居住法人であること。(ただし、前述のRHQ、IHQその他一定の優遇制度を利用している取得会社は、担当省庁に当該要件の放棄を求めることが可能。)
  • 株式取得日において、シンガポールで事業を行っていること。
  • 株式取得前12ヶ月の間に少なくとも3名のローカル従業員(取締役を除く)を有すること。
  • 株式取得前少なくとも2年間、対象会社と関係を有しないこと。

(d) 子会社を通じた買収の要件

  • 本買収・合併スキーム優遇制度に基づく税制上の優遇を受けないこと。
  • 株式取得日において、シンガポール又はその他の国において事業を行っていないこと。
  • 株式取得日において、買収会社が当該子会社を直接かつ完全に所有していること。

(5) その他の優遇制度

 以上の他にも、シンガポールで取得された適格知的財産の商業利用等により得た一定の所得について、5%又は10%の軽減税率の適用を認める知的財産開発インセンティブ(Intellectual Property Development Incentive: IDI)、一定の建築物の建設や改築・拡張工事にかかる適格資本支出について、初年度に25%、次年度以降に5%の償却を認める土地集約利用化投資控除(Land Intensification Allowance: LIA)、(一定のシンガポール国外での生産設備導入に伴う資本支出について、一定の割合に基づく償却を認める総合投資控除(Integrated Investment Allowance: IIA)、船舶・金融など個別分野における優遇制度等、様々な優遇措置が存在しています。しかしながら、これらの優遇制度の中には、適用の要件や優遇内容について、明確な基準が存在せず担当省庁との交渉により決まる制度が少なからず見受けられます。従いまして、まずは予定している事業に該当する可能性のある優遇制度を絞り込んで、専門家に相談されてみてはいかがでしょうか。

以上