シンガポールにおける相続法制

2023年7月3日更新

 シンガポール共和国(Republic of Singapore)における相続法制の中心部分は、無遺言相続法(Intestate Succession Act 1967)、遺産清算法(Probate and Administration Act 1934)、遺言法(Wills Act 1838)に定められています。

 シンガポールの相続法制は、①被相続人が死亡して相続が開始しても遺産は直ちに相続人に承継されず、承継前に「プロベイト(Probate)」と一般に呼ばれる相続債務の清算手続を原則として行う必要があること(管理清算主義)、及び、②遺産が不動産か動産かによって適用される相続法が異なること(相続分割主義)等、日本の相続法制とは、制度の根本が異なっているため、留意が必要です。

 本稿では、まず、シンガポールの相続法制の特色の1つである管理清算主義、及び、そのうち無遺言相続に適用されるAdministrationという清算手続について解説します。その後、シンガポールの相続法制のもう1つの特色である相続分割主義、及び、シンガポール法に従って相続が行われる場合の法定相続のルールについてご紹介します。

1.管理清算主義

 シンガポールの相続法制が、日本と大きく異なる点の1つが、管理清算主義が採用されている点です。日本では、被相続人が死亡して相続が開始すると、相続人が、直ちに、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法第896条本文。包括承継主義)。これに対し、シンガポールでは、被相続人の死亡後、相続財産は、一旦は、Estate(遺産財団)に帰属し、裁判所の監督下で、遺言がある場合にはExecutor(遺言執行者)、遺言がない場合にはAdministrator(遺産管理人)による管理・清算が行われ、積極財産が残っている場合にのみ相続人・受遺者に対し遺産を承継するという、管理清算主義が採用されています。

 そのため、シンガポールの相続法制では、被相続人が死亡した場合、相続人は、法律上定められた清算手続に従って遺産を承継するまでは、被相続人の遺産に対して何ら権限を有しません。例えば、シンガポール国内の銀行に預入れている預金は、被相続人の死亡後、相続人であっても引出すことができなくなります。

 そのため、相続人は、シンガポールの裁判所に対し、Probate又はAdministrationと呼ばれる清算手続を進めるExecutor(遺言執行者)又はAdministrator(遺産管理人)の選任を求める申立てをする必要があります。

2.有効な遺言がない場合の遺産の清算手続(Administration)

 シンガポールの相続法制では、被相続人の遺産(Estate:権利のみならず、義務を含みます。)は、有効な遺言がある場合にはProbateと呼ばれる手続、有効な遺言がない場合にはAdministrationと呼ばれる手続により、家庭裁判所が遺産の清算手続を行う者を選任し、この者により遺産のうちの義務を清算した後に、相続人に承継されます。以下では、無遺言で死亡した場合のAdministrationの手続の概要を御紹介します。

⑴ 申立期間

 Grant of Letters of Administration(遺産を清算・承継する権限付与の申立て)は、被相続人の死亡後6か月以内に行う必要があります。

⑵ 申立権者

 Grant of Letters of Administrationの申立権者は、以下の優先順位に従って、裁判所の裁量により定められます。

  • ①被相続人の配偶者又は本書第4項の相続分の定めに従って定まる最近親者
  • ②被相続人の債権者
  • ③上記以外で裁判所が適当と認める者

 また、申立権者は、21歳以上で、mental capacity(事理弁識能力)を有することが必要です。

⑶ 管轄裁判所

 Grant of Letters of Administrationの申立てを行う裁判所は、被相続人の遺産の経済的価値が300万シンガポールドルを超える場合にはFamily Division of High Court(高等裁判所)、それ以下の場合はFamily Justice Court(家庭裁判所)となります。

⑷ 提出書類

 Grant of Letters of Administrationの主な提出書類は、以下のとおりです。

  • ①申立書(Originating Summons and Statement for Letters of Administration)
  • ②遺産目録(Schedule of Assets)
  • ③被相続人の死亡証明書(Deceased’s Death Certificate)
  • ④宣誓供述書(Affidavit)
  • ⑤(被相続人が日本人の場合)日本の相続法について説明をした日本法資格を有する弁護士の意見書(Opinion Letter)

⑸ 審問(Hearing)

 提出書類に不足がある場合等には、シンガポールの裁判所で審問が開催され、出頭を求められることがあります。

⑹ 期間

 Letters of Administrationが発せられるまでの期間は、事案の複雑さにより左右されますが、申立てが受理された後、概ね2か月から3か月です。

⑺ 効果

 裁判所が提出された申立書その他の提出書類を承認した場合、Grant of Letter of Administrationが発令されます。これにより、申立人が、被相続人の遺産のAdministrator(遺産管理人)として法的に認められ、遺産を清算する権限が付与されます。

⑻ Administrator(遺産管理人)の業務

 Administratorが被相続人の全ての債務(葬儀費用、借入金等)の弁済を行った後、Administratorは、相続人に対して、遺産を承継させることができるようになります。

3.相続の準拠法(相続分割主義)

 シンガポールの相続に関する法制度が、日本と大きく異なるもう1つの点は、相続に適用される準拠法の決定方法です。日本では、法の適用に関する通則法第36条が「相続は、被相続人の本国法による。」と規定していることから、遺産の種類及び所在地にかかわらず、被相続人の国籍を基準として、適用される相続法が統一的に決まります(相続統一主義)。これに対し、シンガポールでは、遺産が不動産であるか動産であるかによって異なる相続法が適用されます(相続分割主義)。すなわち、シンガポールでは、被相続人が無遺言で死亡した場合、不動産の相続については不動産の所在地の相続法が適用され、動産の相続については被相続人が死亡時において永続的に居住する意思を有していた地(Domicile:ドミサイル)の相続法が適用されることになります。

 したがって、日本人が無遺言で死亡し、遺産としてシンガポールに所在する不動産やシンガポールに所在する銀行に預金を有している場合、これらには次の4に記載するシンガポールの法定相続分の規定が適用され、日本の相続法とは異なる割合で相続されることになる可能性があります。

4.シンガポールの相続法に基づく法定相続

 被相続人が遺言の対象とならない財産を遺して死亡し、相続債務の清算手続の後、相続人が遺産の残余の積極財産を承継する際に、シンガポールの相続法が適用された場合の法定相続のルールは、以下のとおりです。

  • ⑴ 配偶者がおり、子*及び親がいない場合:配偶者全てを承継する。
     *相続開始時に子が死亡していた場合の孫及びその子孫を含みます。以下、同じ。
  • ⑵ 配偶者及び子がいる場合:配偶者が2分の1、子が2分の1を承継する。
  • ⑶  子がおり、配偶者がいない場合:子が全てを承継する。
  • ⑷ 配偶者及び親がおり、子がいない場合:配偶者が2分の1、親が2分の1を承継する。
  • ⑸ 親がおり、配偶者及び子がいない場合:親が全てを承継する。
  • ⑹ 兄弟姉妹*がおり、配偶者・子・親がいない場合:兄弟姉妹が全てを承継する。
     *相続開始時に兄弟姉妹が死亡していた場合のその子、孫及びその子孫を含みます。以下、同じ。
  • ⑺ 祖父母がおり、配偶者・子・親・兄弟姉妹がいない場合:祖父母が全てを承継する。
  • ⑻ おじ・おばがおり、配偶者・子・親・兄弟姉妹・祖父母がいない場合:おじ・おばが全てを承継する。
  • ⑼ 上記⑴~⑻に該当しない場合:シンガポール政府が全てを承継する。

  上記のルールにおいて、それぞれ子、親、兄弟姉妹、並びに、おじ及びおばが複数の場合には、各人均等の割合となります。

 なお、以上の法定相続のルールは、イスラム教徒の遺産には適用されません。

以上