シンガポールにおける紛争解決

2016年12月26日更新

 日系企業がシンガポールに進出した場合、現地パートナーとの間の紛争やローカル従業員との間の紛争等、様々な紛争に巻き込まれる可能性がある。かかる紛争は、どのような制度を利用して解決するのが良いであろうか。本稿では、下記1.~4.の紛争解決方法の概要について順に検討する。

 1. シンガポール国内の裁判所への訴訟提起

 2. シンガポール国外の裁判所が下した判決のシンガポール国内での承認・執行

 3. シンガポール国内の仲裁機関による仲裁

 4. シンガポール国外で下された仲裁判断のシンガポール国内での承認・執行

 なお、シンガポールには、上記に加えて、シンガポール調停センター(Singapore Mediation Centre)や2014年11月に新設されたシンガポール国際調停センター(Singapore International Mediation Centre)等における調停等の選択肢も存在しており、実際の紛争の際には、それらの手続の利用の可否やメリット・デメリットについても、合わせて検討すべきである。

  1. 1. シンガポール国内の裁判所への訴訟提起
  2.  シンガポール国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外国企業は、シンガポール国内の裁判所に訴訟を提起することが可能である。

     シンガポールの裁判所は、大きく分けると上級裁判所(Supreme Court)と下級裁判所(State Courts)に分けられ、このうち、上級裁判所は、上訴裁判所(Court of Appeal)と高等裁判所(High Court)から構成され、下級裁判所は、主として地方裁判所(District Court)、治安判事裁判所(Magistrates Court)及び少額事件裁判所(Small Claims Tribunal)から構成されている。

     2015年1月、この高等裁判所の専門部として、シンガポール国際商事裁判所(Singapore International Commercial Court)が設置された。かかるシンガポール国際商事裁判所の裁判官は様々な法域・法分野からの法律家が含まれており、また、シンガポール国際商事裁判所においては外国人弁護士であっても代理人を務めることができ、事案によっては審理を非公開とし得る等、高い専門性を持つ者によって国際商事紛争を効率的に解決しうる裁判所として設計されている。国際商事紛争の当事者は、合意をすることにより、シンガポール国際商事裁判所の管轄権を生じさせることが可能である。

     シンガポールの民事訴訟の第一審裁判所がいずれの裁判所になるかは、多くの場合、請求額に応じて決定される。25万シンガポールドル(約2024万2000円)を超える請求は高等裁判所が、6万シンガポールドル(約485万8000円)を超え25万シンガポールドルまでの請求は地方裁判所が、6万シンガポールドル以下の請求は治安判事裁判所が、1万シンガポールドル(約81万0000円)以下(当事者間の合意がある場合には2万シンガポールドル(約162万0000円)以下)の請求は少額事件裁判所が、原則として管轄する。

     シンガポールの裁判所の手続は、英語を用いて進められる。英語以外で記載された書面は、裁判所に提出する前に、資格のある翻訳者によって英語に翻訳する必要がある。

     シンガポールの裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略は以下のとおりである 。

  3. (1) 訴訟の開始、訴答手続(Pleadings)
  4.  シンガポールにおける民事訴訟第一審手続は、原告が、被告に対して、召喚令状(Writ of Summons)又は訴訟開始召還状(Originating Summons)を送達して、訴訟を通告することにより開始する。召還令状には、原告の請求及び主張する事実が記載された訴状(Statement of Claim)が通常添付される。送達された書面に記載された内容を被告が争う場合、被告は、受領後8日以内に、出廷予告状(Memorandum of Appearance)を裁判所に提出し、出廷が認められる期間の最後の日から14日以内に、答弁書(Defence)を提出する。被告は、答弁書と合わせて反訴状(Counterclaim)を提出することができる。被告が、期間内に応答しなかった場合、原告は、裁判所に対して、欠席判決(Default Judgement)を求めることができる。

     被告の答弁書が送達されてから14日以内に、原告は、反論書(Reply)を提出する。訴状・答弁書・反論書には、主として争点についての当事者の主張が記載されており、争点を明確にするためにこれらの書面を交換する手続は、訴答手続(Pleadings)と呼ばれる。かかる訴答手続は、反論書の送達から14日後に終了したものとみなされる。

  5. (2) 文書開示・閲覧(Discovery and Inspection)
  6.  訴答手続の終了後、文書の開示(Discovery)及び閲覧(Inspection)の手続が行われることが一般的である。かかる手続では、両当事者は、争点に関連する自身の書証を、相手方に開示する。

     まず、両当事者が、自身が保持する文書のうち、訴訟の争点に関連性を有し開示義務を有する全ての文書についてリストを作成する。かかるリストは相手方に交付され、相手方はリストに記載された文書から、必要と判断する文書の写しを交付するように請求する。

     一方当事者の文書の開示が不十分な場合、相手方当事者は、裁判所に対して、開示が必要と思われる文書の開示を申立てることができる。

  7. (3) 証言録取書(Affidavits of Evidence-in-Chief)の交換
  8.  口頭弁論の開始前に、両当事者は、召喚する予定の全ての証人について、証言録取書(Affidavits of Evidence-in-Chief)を作成し、相手方当事者と交換する。証言録取書が交わされていない証人の陳述は、原則として証拠とすることができない。

  9. (4) 口頭弁論(Trial)
  10.  口頭弁論手続は、被告側が立証責任を負う事案を除き、一般に、原告側の手続が先に行われる。原告側は、証人に証言をさせる前に、裁判所に対して、事実及び争点を説明することができる。既に全ての証人について証言録取書が交換されているため、通常、主尋問(Examination-in-Chief)は短時間で終わることが多い。その後、被告側の反対尋問(Cross-Examination)が行われる。この後、原告側は、自身の証人について、再尋問(Re-Examine)を行うことができる。原告側の全ての証人の再尋問が終了すると、原告側の手続は完了し、被告側の手続が開始する。被告側の手続も、主尋問→反対尋問→再尋問の順に進行する。全ての証人尋問が終わると、最終弁論(Closing Submissions)が書面又は口頭で行われる。

  11. (5) 判決(Judgment)
  12.  判決は、口頭弁論の終了時において裁判所が言い渡すことも可能であるが、通常は、最終弁論から2~4ヵ月後に下される場合が多い。

     以上が、シンガポールの裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略である。

     シンガポールの裁判所は、迅速に裁判手続を進行させることに努めており、実際にも、訴訟提起から1年以内に第一審手続が終結することも少なくなく、事件は迅速に処理されているといえる。

  13. 2.  シンガポール国外の裁判所が下した判決のシンガポール国内での承認・執行
  14.  シンガポール国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外国企業が、シンガポール国外の裁判所に訴訟を提起して勝訴判決を取得し、かかる確定した外国判決をシンガポール国内で執行するための手段として、シンガポールにおいては、以下の3つの方法が存在している。

    1.  (i) 英連邦判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Commonwealth Judgment Act)に基づく方法
    2.  (ii) 外国判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Foreign Judgment Act)に基づく方法
    3.  (iii) コモン・ロー(Common Law)の原則に基づく方法 

     (i)の主な対象国・地域は、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、ブルネイ、インド(一部の州を除く)、スリランカ、パキスタン、パプアニューギニアであり、(ii)は本稿執筆時点では香港(中国特別区)のみを対象としており、いずれも日本が含まれていないことから、日本の裁判所の判決については、(iii)の方法に限られることとなる。外国判決がコモン・ローの原則により承認されるためには、3つの要件があると解されており、以下がその要件の概要である。

    1. a) 外国判決が終局的かつ確定判決であること
    2. b) 外国判決を言い渡した裁判所が国際裁判管轄を有し、かつ、自国の法?の下で裁判管轄を有すること
    3. c) 当該判決の承認についてその他の抗弁が存在しないこと

     外国判決をシンガポールにおいて承認・執行するためには、シンガポールの裁判所において上記3要件が判断される必要があるため、外国判決がシンガポールの裁判所において承認されず、かかる判決に基づくシンガポールにおける執行ができない可能性が残されている。従って、日本企業にとって、シンガポール国外の裁判所で判決を取得するという方法が最善の選択肢となる場合は限られると思われる。

  15. 3.  シンガポール国内の仲裁機関による仲裁
  16.  シンガポールにおける国際仲裁は、国際仲裁法(International Arbitration Act)によって規律されている。シンガポールにおいて国際仲裁を行う仲裁機関の1つが、シンガポール国際仲裁センター(Singapore Arbitration Centre:SIAC)である。以下の手続及び規律は、2016年8月1日に施行された第6版のSIAC規則(Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre (6th Edition, 1 August 2016))に基づき記載している。

  17. (1) 仲裁手続の開始
  18.  紛争解決のために仲裁の開始を求める当事者(以下「申立人」という。)は、定められた事項を記載した仲裁申立書(Notice of Arbitration)を、SIACの書記官(副書記官を含み、以下「書記官」という。)に提出し、同時にその写しを相手方(以下「被申立人」という。)に送付する。仲裁申立書には、請求の原因(Statement of Claim)を含めることができる。要件を満たす仲裁申立書を書記官が受領した日が、当該紛争に関する仲裁手続の開始日とみなされ、仲裁手続の開始が当事者に通知される。

     被申立人は、仲裁申立書を受領してから14日以内に、定められた記載事項を記載した答弁書(Response)を、書記官に対して提出し、同時にその写しを申立人に送付する。答弁書には、抗弁の主張(Statement of Defence)及び反対請求(Statement of Counter Claim)を含めることができる。

  19. (2) 仲裁廷の構成
  20.  仲裁廷は、当事者間に合意がない場合、又は、書記官が3名の仲裁人が必要と判断する場合を除き、1名の仲裁人で構成される。

     仲裁廷が仲裁人1名で構成される場合、当事者は他方当事者に対して仲裁人を務めることとなる者を提案することができる。全ての当事者が仲裁人の指名に合意したときは、SIACのCourt of Arbitrationの長は、この者を仲裁人として選任することができるが、その裁量により他の者を仲裁人として選任しうる。当事者間に合意が成立しないときは、又は、いずれかの当事者が要請するときは、SIACのCourt of Arbitrationの長が仲裁人を選任する。

     仲裁廷が仲裁人3名で構成される場合、まず、各当事者が1名の仲裁人を指名する。3人目の仲裁人は、当事者が合意した手続に従って選任されうるが、一定期間内に当事者による指名がされない場合には、SIACのCourt of Arbitrationの長が、議長仲裁人となる3人目の仲裁人を選任する。

     仲裁人の資格としては、常に独立かつ不偏であることが求められているが、SIAC規則上は、SIACのメンバーであること等の具体的な資格要件は定められていない。

  21. (3) 仲裁手続
  22.  仲裁手続は、仲裁廷が、全ての当事者と協議をした上、紛争の公正・迅速・経済的・終局的な解決を確保するために適切と判断する方法により進められる。また、仲裁廷は、全ての証拠の関連性・重要性・証拠能力を決定する権限を有する。

     当事者は、仲裁地(seat of arbitration)及び仲裁手続で使用する言語について合意をすることができる。当事者間に合意がない場合には、仲裁廷が、仲裁地及び仲裁手続で使用する言語を決定する。また、当事者は、弁護士その他授権を受けた者を仲裁手続の代理人とすることができる。

     仲裁廷は、自身が構成された後できる限り速やかに、最も適切かつ効率的な手続を検討するため、全ての当事者と事前準備会議を行う。

     当事者は、仲裁廷が定める期間内に、主張を支える事実・法的根拠等を記載した主張書面を提出する。かかる主張書面には、証拠書類の写しを添付する。

     口頭弁論は、全ての当事者が書面のみによる仲裁に合意している場合等を除き、当事者が要求するか又は仲裁廷が決定した場合に開催される。当事者間に別途合意がなされない限り、口頭弁論は全て非公開で行われ、一切の記録及び書面の秘密性は保持される。

     口頭弁論を行う場合、その開催前に、仲裁廷は、当事者が出廷を予定する証人について、①証人の身元、②証言の対象事項、③争点との関連性を通知することを当該当事者に求めることができる。また、当事者又はその代理人は、証人又は証人となる可能性のある者が口頭弁論に出席する前に、この者と面会することができる。

     口頭弁論においては、仲裁廷は、証人の出廷を許可・却下・制限することができる。また、仲裁廷は、証人の証言を書面の形式で提出することを命じることができるが、この場合、当事者は、当該証人が口頭弁論へ出席することを求めることができる。

     また、仲裁廷は、当事者間に別途合意がない限り、全当事者と協議の上、特定の争点について報告を行う専門家を選任することができる。仲裁廷が必要と認めた場合又は当事者が求める場合、当事者間に別途合意がない限り、報告書を提出した専門家は、口頭弁論に出席しなければならず、全ての当事者は、当該専門家を口頭弁論において尋問することができる。

     仲裁廷は、全ての当事者と協議をし、提出すべき主張及び関連性のある重要な証拠がないことを確認した後、仲裁手続の終結を宣言する。

  23. (4) 仲裁判断
  24.  仲裁廷は、仲裁判断を下す前に、仲裁判断の草案を書記官に提出する。草案の提出は、原則として仲裁手続の終結を宣言した日から45日以内に行われる。書記官は、仲裁廷に対して、仲裁判断の形式について修正を提案することができ、仲裁判断の内容についても注意喚起をすることができるが、仲裁廷の判断の自由に影響を及ぼしてはならない。

     書記官が仲裁判断の形式について承認をした後、仲裁判断が下される。仲裁人が1名以上の場合は、その過半数により決定をし、多数決で決定できない場合には、仲裁廷の議長が単独で仲裁判断を行う。仲裁判断は書面によって下され、原則として仲裁判断の根拠となった理由が述べられる。

     仲裁判断は終局的であり、仲裁判断が下された日から全ての仲裁当事者に対して法的拘束力を有する。仲裁判断を受け取った書記官は、仲裁費用の決裁が終了した後、仲裁判断の認証謄本を全ての当事者に送信する。

     以上が、SIACにおける仲裁手続の概略である。

     シンガポールは、2015年のInternational Arbitration Surveyにおいて世界で5番目に利用されている仲裁地として評価されている。また、SIACは国際的に定評のある仲裁機関であり、実際にSIACが処理している仲裁案件数も、2012年には200件を初めて超え、2015年には過去最高の271件に達している。

     しかし、仲裁手続は費用が高額になる傾向が指摘されており、請求額が少額の紛争案件については、費用倒れになるおそれがある点には、十分な注意が必要である。

  25. 4.  シンガポール国外で下された仲裁判断のシンガポール国内での承認・執行
  26.  シンガポールは、ニューヨーク条約 に加盟しているため、日本を含むニューヨーク条約の締約国である他の国において下された仲裁判断(以下「外国仲裁判断」という。)に基づいて、シンガポール国内において債務者の財産に対して強制執行をすることが認められうる。

     国際仲裁法(International Arbitration Act )に基づいて外国仲裁判断を執行するためには、高等裁判所へ申立を行う。かかる申立ては、外国仲裁判断が下された時点から6 年以内に行う必要がある。申立てを処理する裁判所は、原則として、外国仲裁判断の実体的内容については審理・判断を行うことはできず、法定された拒絶事由に基づいてのみ外国仲裁判断の執行を拒絶することができる。

    以上