サウジアラビアにおける労働法制について

令和元年12月12日更新

  1. 1 はじめに
  2.  本稿では、サウジアラビアにおける労働法制のうち、我が国の労働法制と比較して特徴的な事項を概説します。

     

  3. 2 法源
  4.  サウジアラビアにおける労働法制は、勅令M/51号(23/8/1426H)によって制定された労働法(以下「労働法」といいます。)に規定されています。以下では、この労働法の内容を中心として、サウジアラビアの労働法制を概説します。ほかのサウジアラビアの法律同様、労働法制の分野においても、イスラム法(シャリーア)の遵守が求められる点が、日本の法制と大きく異なる点の1つです。

     

  5. 3 サウジアラビア人の雇用義務
  6.  労働法上もサウジアラビアの国民を一定の割合で雇用する義務が定められていますが、現在の雇用義務に関する規制の中心は、サウジアラビア政府が、2011年6月に公表した「ニタカット・プログラム」(以下「ニタカット」といいます。)です。これは、サウジアラビア国内の会社に、産業分野や従業員数に応じて定められたサウジアラビア人の雇用比率を遵守するように求め、この雇用義務を履行できない企業に対してペナルティを課し、履行できた企業にインセンティブを付与することを主な内容としています。

     ニタカットの内容は、何度も改定されていますが、不履行企業には新規ビザ発給を停止することや労働許可証の更新を禁止すること等が含まれているため、外資企業には特に重大な影響があります。進出にあたっては、最新のニタカットの内容を十分に調査・確認する必要があります。

     

  7. 4 ラマダン中の労働時間短縮
  8.  法定労働時間の上限は、通常は1日8時間または週48時間以内ですが、イスラム法に特有の事情として、ラマダン(断食)期間中は、これが短縮され、1日6時間または週36時間以内となります。

     

  9. 5 時間外労働規制
  10.  時間外労働は、1日2時間を超えることができません。

     時間外勤務手当は、基本給の50%であり、我が国に比べて高率となっています。

     また、イスラム法に特有の事情として、イード(ラマダン明けの祭礼)期間中に勤務した時間は、法律上、超過勤務とみなされることにも注意が必要です。

     

  11. 6 休日
  12.  休日にもイスラム法の影響があります。

     サウジアラビアの法定休日は、原則として、イスラム教の休日である金曜日です。ただし、権限を有する政府機関に通知をすることにより、この法定休日を他の曜日に置きかえることができます。

     さらに、この法定休日は、有給扱いとなり、給与を支払わなければなりません。この点は、我が国の労働法制と大きく異なる点であり、労務コスト算出上の重要事項となります。

     

  13. 7 雇用契約の終了
  14. (1) 雇用契約が終了する場合

     雇用契約は、次に掲げる場合に終了すると定められています。

     ① 合意解約(ただし、労働者の書面による同意が必要)

     ② 期間の定めのある雇用契約の場合、契約期間の満了

     ③ 期間の定めのない雇用契約の場合、一方当事者が相手方に対し雇用契約の終了を求めた場合

     ④ 労働者が定年に達した場合

     ⑤ 不可抗力の場合

    (2) 期間の定めのない雇用契約の終了

    ア 期間の定めのない雇用契約において、使用者が労働者に対して雇用契約の終了を求める場合が、我が国の労働法制でいうところの「解雇」のケースとなります。

     使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、月給制労働者に関しては少なくとも30日前、その他の労働者については少なくとも15日前にその予告をしなければなりません。

    イ 解雇予告にあたっては、解雇の正当な事由を記載した書面を労働者に送付しなければなりません。

    ウ 以下の各号に掲げる場合は、解雇予告は不要となります。

     ① 労働者が、使用者、使用者の役職員に暴行を加えた場合

     ② 労働者が、労務を提供せず、もしくは業務命令に従わなかった場合、または、書面による警告にも関わらず、使用者の安全規制を故意に遵守しなかった場合

     ③ 労働者が、違法行為に及んだ場合、または廉潔もしくは誠実性を損なう行為に及んだ場合

     ④ 労働者が、故意または過失により、使用者に重大な損失を与える行為に及んだ場合

     ⑤ 労働者が、偽造文書を用いて使用者に就職したことが判明した場合

     ⑥ 試用期間中の労働者

     ⑦ 正当な理由なく1年のうち30日以上、または連続して15日以上欠勤した場合。前者の場合は30日要件充足から20日が経過した後、後者の場合は10日経過した後に、使用者から労働者に対し、書面による通知をする必要があります。なお、2015年の労働法改正前は1年のうち20日以上または連続10日以上の欠勤が要件となっていましたが、2015年の改正により労働者保護が強められました。

     ⑧ 労働者が、使用者の利益と相反する行為に関与した場合、または不法にその地位を利用して個人的利益を得ようとした場合

     ⑨ 労働者が、営業秘密を漏洩した場合

    エ 解雇予告を怠った場合またはその日数が不足した場合、使用者は、労働者に対して、不足した日数分の解雇予告手当を支払わなければなりません。解雇予告手当は、直近の既払賃金額を基に算出されます。

    オ 解雇に正当な理由がない場合、労働者は、労働紛争解決あっせん委員会にあっせんの申立をすることができます。正当な理由なく解雇された労働者は、使用者に対し、復職を要求する権利を有します。

    (3) 法定退職金

     使用者が労働者を解雇する場合、使用者は、労働者に対し、原則として、下記の法定退職金を支払わなければなりません。我が国では、退職金の有無は、個別の企業の就業規則等に委ねられているため、大きな相違点となります。

     勤続5年まで  勤続1年ごとに半月分の賃金相当額

     6年目以降   勤続1年ごとに1カ月分賃金相当額

     ただし、前記?ウの解雇予告が不要となる場合には、法定退職金の支払義務も発生しません。

     なお、解雇ではなく、自己都合退職の場合の法定退職金は、原則として、下記のとおりとなります。

     勤続2年以上5年以下の場合   解雇時の法定退職金の3分の1

     5年超10年未満の場合     解雇時の法定退職金の3分の2

     10年以上の場合        解雇時の法定退職金と同額

    (4) 定年の場合

      定年は、男性60歳、女性55歳とされています。ただし、労使が延長に合意した場合は、任意に契約を延長できます。

    (5) 労働者の要請に基づく雇用契約の終了

     以下に掲げる場合は、労働者側から、事前の通知等を要さずに、労働契約を中途終了させることができます。

     ① 使用者が賃金を支払わない等、労働者に対する契約上または労働法上の主要な義務を履行しない場合

     ② 使用者またはその代表者が雇用契約時に労働条件等を偽った場合

     ③ 使用者が、労働者の同意なく、雇用時に定めた職務と本質的に異なる職務に労働者を従事させた場合

     ④ 使用者が、労働者またはその親族に暴行等を働いた場合

     ⑤ 使用者が、労働者に対し、残虐、不当または侮辱的な扱いをした場合

     ⑥ 職場に安全衛生上の危険があり、使用者がそれを知りながら危険を除去しなかった場合

     ⑦ 使用者またはその代表者が、労働者に対する不当な取り扱いまたは契約違反によって、労働者に雇用契約の解除を主張させるに至った場合

以上