マレーシアにおける知的財産権

2016年12月14日更新

 マレーシアでは1980年代に特許法、商標法等の知的財産法が制定・施行された。また、WIPO条約及びパリ条約には1989年に、WTOには1995年に、PCTには2006年にそれぞれ加盟している。2011年には電子出願が可能になるとともに審査期間も短縮され、利便性が高まった。2013年の米国通称代表部(USTR)の報告においても、マレーシアは監視リスト対象外となる等、マレーシアの知的財産制度に対する国際的評価は比較的高い。

 マレーシアにおける主な知的財産関連法規は、特許法、工業意匠法、商標法、著作権法、地名表示法、半導体集積回路レイアウト・デザイン法がある。以下では、特許権、実用新案権、意匠権、著作権について検討を加える。また、法規は整備されていないが、営業秘密についても記述する。

1.特許権

  1. (1) 保護の対象
  2.  特許で保護される発明とは、発明者の思想であって、当該技術の分野における一定の課題についての解決を実際に可能にするものをいう。そして、発明は、製品若しくは方法とすること、又は製品若しくは方法に係わらせることができる。

  3. (2) 登録要件・不登録事由
  4.  特許の登録要件は、当該発明が①新規性を有すること、②進歩性を有すること、③産業上の利用可能性を有していることである。

     特許の不登録事由は、①発見、科学的理論及び数学的方法、②植物若しくは動物の品種、又は植物若しくは動物を生産するための本質的に生物学的な生産方法(但し、人口の生存微生物、微生物学的方法及び当該微生物学的方法による製品を除く)、③事実、純粋に精神的な行為又はゲームを行うための計画、規則又は方法、④人間又は動物の身体についての外科術又は治療術による処置の方法及び人間又は動物の身体に施される診断方法等である。

  5. (3) 出願手続及び審査
  6.  出願後は、当該出願が方式的要件を満たしているかについて、方式審査が行われる。方式審査の結果、方式的要件を満たしていないと判断された場合には、指定期間内に補正を求められる。

     当該出願が補正等を要しないと判断された場合は、実体審査が行われるが、マレーシアでは審査請求制度が採用されているため、出願日から18カ月以内に審査請求を行う必要がある。この審査請求制度には、通常実体審査請求制度と、修正実体審査請求制度の2種類が設けられている。

     通常実体審査請求制度は、審査請求後マレーシア特許庁が、新規性等の実体的要件について審査を行い、特許付与の決定を行う制度を言う。修正実体審査請求制度は、簡略化された審査手続である。具体的には、対応出願国中の所定官庁で特許になった場合に、特許になった明細書等の内容とマレーシア出願の明細書等の内容が一致していれば、実体要件の具備を認める審査制度をいう。日本出願に基づいて修正実体審査請求制度を利用する場合には、特許公報を提出することとなる。

     なお、実体審査を請求する又は請求した出願人は、早期審査を認めることがマレーシアの国益又は公衆の利益にかなうこと等の一定の要件を満たす場合に、早期審査を受けることができる。

     出願人が必要な要件を満たしている場合は、特許付与証明書等が交付される。

  7. (4) 保護される実施行為
  8.  特許権者は、①特許を付与されている発明を実施すること、②特許を譲渡又は移転すること、③ライセンス契約を締結することについて、排他的権利を有する。

  9. (5) 保護期間
  10.  特許権の保護期間は出願日から20年間である。

  11. (6) 権利侵害に対する対抗措置
  12.  特許権者の承諾なく、保護期間中にマレーシア国内で特許法36条に規定される特許権者の排他権を実施する行為は侵害行為とみなされる。特許権者又は被許諾者は民事訴訟により侵害の停止あるいは予防を請求することができる。

2.実用新案権

  1. (1) 保護の対象
  2.  実用新案とは、新規の製品若しくは方法又は既知の製品若しくは方法についての新規の改良を創出する新案であって、産業上利用可能なものをいい、発明を含む。実用新案と特許の双方を同時出願することはできないが、特許出願を実用新案証出願に変更すること、及び実用新案証出願を特許出願に変更することはできる。

  3. (2) 登録要件・不登録事由
  4.  実用新案は進歩性を要件としておらず、登録要件は新規性と産業上の利用可能性のみである。不登録事由については特許の規定が準用されている。

  5. (3) 出願手続及び審査
  6.  出願から登録までの手続は特許の場合と同様である。

  7. (4) 保護される実施行為
  8.  特許の規定が準用されている。

  9. (5) 保護期間
  10.  実用新案権の保護期間は出願日から10年であるが、商業・工業的に利用されていることが証明されれば、2回に渡り5年ずつの延長が可能である。最初の延長は登録から5年以内になされなければならず、2回目の延長は、登録から15年が経過する前に行わなければならないとされている。

  11. (6) 権利侵害に対する対抗措置
  12.  実用新案権も特許と同様の規定が適用され、特許権者の承諾なく、保護期間中にマレーシア国内で、実用新案権者の排他権を実施する行為は侵害行為とみなされ、実用新案権者又は被許諾者は民事訴訟により侵害の停止あるいは予防を請求することができる。

3.意匠権

  1. (1) 保護の対象
  2.  意匠法で保護される意匠とは、工業的方法又は手段により物品に適用される形状、輪郭、模様又は装飾の特徴であって、完成した物品において視覚に訴え、感覚によって判断されるものをいう。但し、構造についての方法若しくは原理等、一定のものは対象から除外される。

  3. (2) 登録要件・不登録事由
  4.  意匠を登録するためには、登録の出願日において新規の意匠でなければならない。当該出願に係る意匠又はそれに類似する意匠が、①マレーシアの何れかの場所で公衆に開示されていた場合又は②他の出願人によりなされたマレーシアでの出願であって、より早い優先日を有する他の意匠登録出願の内容であった場合において、その内容が当該他の出願に基づき付与された登録に含まれていた場合、出願に係る意匠につき、新規性は認められない。

     また、意匠の不登録事由は、公序良俗に反する意匠である。

  5. (3) 出願手続及び審査
  6.  出願後は、まず当該出願が出願日認定に必要な要件を満たしているか否かについて審査を行う。出願が出願日認定の要件を満たしていない場合、出願人はその旨の通知日から指定期間内に補正をしなければならず、補正を行わない場合、当該出願は無効となる。これに対し、必要な補正が行われた場合、補正された日が出願日として認定される。

     出願日が認定された出願は、次に方式的要件の審査の対象とされる。方式的要件を満たしていない場合、出願人は補正等を行う必要がある。

     全ての方式的要件を満たした場合、意匠登録原簿に登録され、登録証が発行され、登録後、所定の内容が官報に公告される。

     なお、意匠出願の実体審査は行われない。

  7. (4) 保護される実施行為
  8.  登録意匠の所有者は、登録意匠が適用されている何らかの物品を、販売若しくは賃貸のため又は何らかの取引若しくは事業目的での使用のために製造若しくは輸入し、又は販売若しくは賃貸し、又は販売若しくは賃貸の申し出若しくは陳列をする独占的権利を有する。

  9. (5) 保護期間
  10.  意匠登録の保護期間は、出願日から5年間であるが、その権利期間を5年間2回延長することができる。

  11. (6) 権利侵害に対する対抗措置
  12.  意匠権者の承諾なく、保護期間中にマレーシア国内で、意匠権者の排他権を実施する行為は侵害行為とみなされる。意匠権者及び被許諾者は民事訴訟により侵害の停止或いは予防を請求することができる。

4.商標権

  1. (1) 保護の対象
  2.  商品又はサービスと所有者又は登録使用者として商標を使用する権利を有する者との間の業としての関係を、これらの者を特定する表示を伴うか否かを問わず、表示することを目的として又はこのように表示するために当該商品又はサービスに関して使用され又は使用を予定されている標章を言う。なお、本定義は通常の商標に関するものであるが、商標法では①立体商標、②連合商標、③防護商標、④証明商標、⑤団体商標等も保護対象とされている。

  3. (2) 登録要件・不登録事由
  4.  ある商標が登録可能なものであるためには、①特別の又は独特な態様で表示される個人、会社又は企業の名称、②登録出願人又はその者の事業の全種の署名、③造語、④商品又はサービスの性質又は品質に直接言及せず、かつ、その通常の意味に従えば、地理的名所でも人の姓でもない語、又は⑤その他識別性を有する標章といった要素のうち、少なくとも1要素を含むか又はこれより成るものでなければならない。

     商標の不登録事由は、①登録商標と同一又は類似している標章、②周知商標(同一の商品又はサービスについて、マレーシアで周知となっている他の権利者の標章と同一又は極めて類似している商標)、③地理的表示、④その他法律に反する標章等である。

  5. (3) 出願手続及び審査
  6.  出願書類が提出されると、方式的要件、登録性及び既登録との抵触について審査される。審査官は、登録要件を具備していると判断した場合には出願を容認し、又は条件、補正若しくは制限付きで容認し、又は具備していない場合には出願を拒絶する。

     審査官が出願を容認しないと判断した場合、拒絶理由を通知し、出願人は通常2ヵ月以内(延長可能)に応答することができる。審査官の拒絶理由通知に対して、応答しなかった場合、出願は放棄されたものとみなされる。

     審査官の拒絶理由通知に対して、応答したが依然として拒絶理由を解消できなかった場合、拒絶査定となり出願人は当該査定に対して所定期間内にヒアリングを請求しなければならず、請求しなかった場合、出願は放棄されたものとみなされる。

     ヒアリング請求後、審査官は拒絶又は容認を決定し、この場合出願人は決定等の書面を要求することができ、書面の送付日が不服申立に関する審査官の決定日とみなされる。

     審査官のこの決定に対する不服申立は、高等裁判所に対して提起することができる。

     出願が容認された場合、異議申立のために出願内容は2ヵ月間公告される。異議申立がなく、又は異議申立に理由がないとの決定がされた場合、出願人に所定の料金を納付する旨の通知が送付され、指定期間内に料金が納付された場合、商標は登録され、登録証が発行される。

  7. (4) 保護される実施行為
  8.  ある物品又はサービスについて商標の登録所有者として登録を受けた者は、その登録が有効である限り、登録簿に記載された条件、補正、修正又は制限に従うことを条件として、それらの商品又はサービスについて当該商標を使用する排他的権利を与えられるものとし又は与えられたとみなされる。

     なお、連続3年間不使用の場合、不使用の申請日の1ヵ月前までに連続した3年間に使用がない場合、無効となり権利行使ができない。

  9. (5) 保護期間
  10.  商標の保護期間は出願日から10年であり、その後は10年ごとの更新が可能となっている。

  11. (6) 権利侵害に対する対抗措置
  12.  商標権者の承諾なく、保護期間中にマレーシア国内で、商標権の排他権を実施する行為は侵害行為とみなされる。民事的措置として侵害の差止及び損害賠償、侵害品及び関係書類の廃棄等の負担があり、刑事的措置として処罰がある。なお、商標法上は明記されていないが、侵害発生日から6年間で時効にかかる点には注意が必要である。

     なお、マレーシアにおいて、事業上の信用があるものの、商品やサービスに付した商標やデザインが未登録や未出願の標章、出願中の商標、登録されない商標や商号、未登録の意匠は、その独占的使用をコモンローに基づく、詐称通用として保護を受けることができる。

5.著作権

  1. (1) 保護の対象
  2.  著作物は、①独創性を有し、②録音、記録等の有形の形態をとり、③文学、音楽、美術、映画、録音、放送等のカテゴリーに属し、④マレーシア国民(法人)によってマレーシアで制作され、最初にマレーシアで発行されると言う適格性を有しているものでなければならない。もっとも、④適格性については、1990年著作権規則により、一定の場合はある者が適格者とみなされ、又は著作物が最初にマレーシアで発行されたとみなされるなど、著作権保護の拡張が図られている。

  3. (2) 著作権の登録制度
  4.  マレーシアはベルヌ条約の締結国であり、登録しない場合も、同条約下での著作権保護の享受や行使は損なわれない。すなわち、著作権は著作物を創作した時点で自動的に発生する。

  5. (3) 保護される実施行為
  6.  著作権者又はライセンシーは、著作物につき①何らかの有形的形式による複製、②公衆送信、③実演、公衆への展示又は上演、④販売その他所有権の移転による公衆への複製物の頒布、⑤公衆への商業的貸与といった排他的権利を有する。

  7. (4) 保護期間
  8.  音響録音、放送、映画等の保護期間は、最初に発行・制作されてから50年間である。また、同法は演劇における諸権利についても定めており、初めて上演された年の翌年から50年間保護される。

  9. (5) 権利侵害に対する対抗措置
  10.  ある者が、著作権者の許可又は承諾を得ずに、著作権法13条により著作権者に与えられた排他的権利に係るいずれかの行為を行った場合は、著作権侵害となる。裁判所が認める可能性のある民事的な救済措置は、損害賠償、差止、不当利得の返還である。

     また、行政上の救済措置として、著作権者はマレーシア国外で制作された侵害複製物の輸入の禁止を求めることができる。マレーシアでは、それをマレーシアの輸入者が行った場合は、著作権を侵害することになる。

     さらに、著作権侵害行為については刑事罰も規定されている。

6.営業秘密

  1. (1) 法的根拠
  2.  マレーシアにおいては、機密情報及び営業秘密の保護に係る一般的な法律が存在せず、コモンローに基づく訴訟や契約により保護される。

  3. (2) 保護の対象
  4.  営業秘密とは、機密営業情報、つまり、事業の成功、発展及び良好な状態の基本となる情報を意味する。これには、製法、方法、技術、製造費用、顧客リスト、事業計画等が含まれる。機密情報を保護するための登録制度はない。

  5. (3) 権利侵害に対する対抗措置
  6.  使用者が従業員の秘密保持義務を明示しており、かつ、当該従業員が当該義務に違反した場合、当該使用者は従業員に対して契約不履行の訴訟を提起することができる。また、当該使用者は、コモンロー上の機密保持義務違反に基づき訴訟を提起することもできる。訴訟においては、通常、当該使用者は、コモンローに基づく契約不履行及び秘密保持義務違反のいずれをも主張する。

以上