インド 紛争解決

  1. 1. 紛争解決方法
  2.  インドにおいても日本と同様、紛争は主に訴訟によって解決される。もっとも、契約中に仲裁条項を規定している場合、又は紛争当事者間で仲裁の合意がなされた場合、仲裁によっても紛争が解決され得る。

  3. 2. 訴訟
    1. (1) インドにおける司法制度
    2.  インドの司法制度は、日本と同様いわゆる一元的階層的な司法制度を採用している。すなわち、最高裁判所(Supreme Court)がインドにおける最も高位にある裁判所であり、それに続き各州に高等裁判所(High Court)が設置されている。各州の高等裁判所の下には、いわゆる地方裁判所(District Court)を含む下級裁判所(Sub-ordinate Court)が設置されている。

       また準司法機関として、裁判所とは別に、特定の事件について審理を行う各種の審判所(Tribunal)や委員会(Committee)も設置されている。例えば、所得税に関する紛争を専門に扱うIncome Tax Appellate Tribunal(所得税上訴審判所)やCompany Law Board(会社法委員会)がこれに当たる。これらの機関による命令等に対しては、高等裁判所等への上訴が認められている。

    3. (2) インドにおける訴訟手続きの特色
      1. (a) 訴訟提起
      2.  訴訟の提起は、原告(plaintiff)が当該紛争に関し管轄を有する裁判所に対し、訴訟(plaint)を提出することにより開始される(インド民事訴訟法第26条)。裁判管轄については、①地域管轄と②事物管轄がある。前者については、例えば不動産に関する訴訟については当該不動産の所在地(同法第16条)を管轄する裁判所が、その他の訴訟に関しては、被告住所地又は請求原因事実の発生地等(同法第20条)を管轄する裁判所がその管轄権を有するとされている。後者に関しては、訴額や請求内容により、地域管轄を有する裁判所のうちどの裁判所(高等裁判所又は下級裁判所)、もしくは審判所等の準司法機関が管轄を有するかを規定するものである。

      3. (b) 訴状の送達・当事者の呼出し
      4.  原告が裁判所に対して訴訟を提起すると、裁判所は、被告に対し出頭及び訴状に対する答弁のため、訴訟提起日から30日以内に訴状の写しを添付した呼出状(summons)を送達する(同法第27条他)。

      5. (c) 答弁書(written statement)の提出
      6.  裁判所からの呼出状を受領した被告は、呼出状が送達された日から30日以内に、裁判所に対して答弁書を提出しなければならない。但し、30日以内に答弁書を提出しなかった場合、被告は裁判所によって指定された日(呼出状送達後90日以内)までに、その理由を記載した書面と共に答弁書を提出することができる(同法別紙1命令8第1条)。

      7. (d) 第1回期日
      8.  呼出状に指定された第1回期日に両当事者が出頭した場合、期日が開催される(同法別紙1命令9第1条)。この場合、原告及び被告は、訴状・答弁書に対し認否及び反論を行うことになる。第1回期日に原告のみ出頭した場合、被告に対して呼出状の送達が適切に行われ、かつ準備のための十分な時間が付与されている場合には、原告の請求が認容される(同法別紙1命令9第6条)。第1回期日に被告のみ出頭した場合、被告が原告の請求を認諾しない限り原告の請求は却下される(同法別紙1命令9第8条)。また、第1回期日に原告・被告双方が出頭しない場合も原告の請求は却下される(同法別紙1命令9第3条)。

      9. (e) その後の期日
      10.  第1回期日以降の期日においては、争点整理、証拠調べ、証人尋問、及び最終弁論がなされる。なお、証拠の提出は1872年インド証拠法(Indian Evidence Act, 1872)に規定される手続きに従わなければならない。また、契約書等を証拠とする場合、Stamp Paperと呼ばれる所定の印紙用紙が貼付されていない場合、原則として当該契約書等を証拠として用いることができない(Indian Stamp Act, 1899)。

      11. (f) 判決
      12.  判決はすべての審理後、即時又は裁判所が指定する日に、公開法廷で言い渡される(同法別紙1命令20第1条)

  4. 3. 仲裁
    1. (1) 総論
    2.  インドにおける仲裁は、インド1996年仲裁及び調停法(the Arbitration and Conciliation Act, 1996。以下「インド仲裁法」)によって規律される。また同法は、1985年国際商事仲裁に関するUNCITRALモデル法及び1980年UNCITRAL商事調停規則に基づくものである。インド仲裁法は、国内仲裁、国際商事仲裁、及び国際仲裁裁定の執行を規律すると共に、調停、及びそれに関する問題、付随する条項を規定するものである。なお、後述のとおりインド仲裁法は2015年インド仲裁及び調停(改正)法(the Arbitration and Conciliation (Amendment) Act, 2015により一部改正されている。

    3. (2) 仲裁手続き
      1. (a) 仲裁合意(arbitration agreement)
      2.  仲裁を開始するためには、両当事者間に仲裁合意があることが必要である。仲裁合意は、契約上か否かを問わず、定められた法律関係に関して両当事者間に発生した又は発生する可能性があるすべて又は一定の紛争を仲裁に付すための両当事者による合意を意味する。仲裁合意は、契約中の仲裁条項の形式であっても、別途の合意の形式であってもよいが、書面によらなければならない(インド仲裁法第7条)。

      3. (b) 仲裁人(arbitrator)及びその選任手続き
      4.  仲裁人の数については、両当事者が自由に決定することができるが、その数は奇数でなければならない(同法第10条1項)。両当事者が仲裁人の人数を決めない場合、仲裁人の数は1名となる(同条第2条)。また両当事者間に別途合意がない限り、いかなる国籍を有する者も仲裁人となり得る(同法第11条1項)。もっとも、第11条に基づき最高裁判所、又は最高裁判所が指定する者もしくは機関が国際商事仲裁の仲裁人を選任する場合で、両当事者が異なる国籍を有する場合、両当事者の国籍以外の国籍を有する仲裁人を選任することができる(同法第11条9項)。

         両当事者は、仲裁人の選任手続きにつき自由に合意することができる(同法第11条2項)。もっとも、仲裁人の選任手続きにつき両当事者間が合意しない場合、①3名の仲裁人による仲裁の場合は、各当事者はそれぞれ1名の仲裁人を選任し、選任された2名の仲裁人が主席仲裁人となる3人目の仲裁人を選任する。一方当事者が他方当事者より仲裁人選任の要求を受けた日から30日以内に仲裁人を選任しない場合、又は選任された2名の仲裁人が、選任された日から30日以内に主席仲裁人となる仲裁人選任に関する合意をしない場合、当該仲裁人の選任は、一方当事者の要求に基づき、最高裁判所、場合によっては高等裁判所、又はこれらの裁判所が指定した者もしくは機関によって行われる(同法第11条3項、4項)。②1名の仲裁人による仲裁の場合、両当事者の合意により1名の仲裁人が選任されることとなるが、仲裁人指名の合意のため一方当事者からの要求を他方当事者が受領した日から30日以内に他方当事者が合意しない場合、仲裁人の選任は、一方当事者の要求に基づき、最高裁判所、場合によっては高等裁判所、又はこれらの裁判所が指定した者もしくは機関によって行われる(同法第11条5項)。

      5. (c) 仲裁の手続き
      6.  仲裁手続きは、両当事者間に別段の合意がない限り、当該紛争を仲裁に付す旨の一方当事者の請求を相手方当事者が受領した日に開始される(同法第21条)。

         仲裁人は、仲裁手続きを行うにあたり1908年インド民事訴訟法(Civil Procedure Code, 1908)及び1872年インド証拠法(Indian Evidence Act, 1872)の規定に拘束されず、両当事者は、仲裁手続きを行う際、仲裁人が従うべき手続きに自由に同意することができる(同法第19条)。さらに、仲裁地((同法20条)、使用言語(同法22条)につき自由に同意することもできる。

      7. (d) 暫定的救済(interim relief)
      8.  暫定的救済とは、日本で言うところの仮処分又は仮差押えと同様のものである。仲裁の当事者は、仲裁手続開始前、仲裁手続の係属中、又は仲裁裁定が発せられた後(但し、仲裁裁定が執行される前)はいつでも、暫定的救済を裁判所に求めることができる(同法第9条1項)。もっとも、仲裁廷の設置後は、仲裁廷による暫定的救済付与が奏功しないという状況が認められない限り、裁判所は、第9条1項に基づく暫定的救済の申立てを受理してはならないとされている(同法第9条3項)。

         他方、仲裁廷にも裁判所と同様の暫定的救済を付与する権限を認めており、仲裁廷は、当事者の申立てにより、仲裁手続の係属中又は仲裁裁定が発せられた後(但し、仲裁裁定が執行される前)いつでも暫定的救済を付与することができる旨規定している(同法第17条1項)。なお仲裁廷による暫定的救済は、従来直接執行できないとされていたが、仲裁(改正)法により、仲裁廷による暫定的救済付与に関する命令は裁判所による命令であると見做され、1908年インド民事訴訟法に基づき執行可能であると明記された。

    4. (3) インドにおける仲裁の問題点
      1. (a) 仲裁裁定に対する裁判所の介入可能性
      2.  インド仲裁法第34条2項 (b) (ii) は、仲裁判断がインドの公序(public policy)に抵触すると裁判所が判断した場合、裁判所はその仲裁判断を取り消すことができる旨規定している。「公序」という一般的・抽象的な要件で仲裁判断の取消しが認められることから、仲裁判断がインドの裁判所によって事後的に取り消されてしまうという可能性が相対的に高いものであった。このように、本来は長期化する裁判による紛争解決を回避する目的で仲裁が選択されたにもかかわらず、仲裁判断に対してインドの裁判所が事後的に介入できる可能性が高いため、インドを仲裁地とする仲裁は可能な限り回避されてきた。

         また、外国仲裁の執行を規定する第48条及び57条についても、外国仲裁裁定の執行の条件として、当該仲裁裁定の執行は公序に抵触しないことが規定されているため、インド国外の仲裁裁定の執行をインドで行う場合についても、上記と同様の問題があった。

      3. (b) インド国外を仲裁地とする仲裁における暫定的救済
      4.  インド仲裁法第1編は、インドを仲裁地とする仲裁につき規定しているため、インド国外を仲裁地とする仲裁には同法第1編の規定は適用されないというのがインド最高裁判所の判例であった。しかし、同法第1編9条には暫定的救済についても規定しており、インド国外の仲裁には同法に基づく暫定的救済が利用できないという問題があった。

    5. (4) 2015年インド仲裁・調停(改正)法による問題の解決
      1. (a) 改正の経緯
      2.  大統領は、インドの国会が休会であった2015年10月23日、2015年インド仲裁及び調停(改正)令(the Arbitration and Conciliation (Amendment) Ordinance, 2015)を発布した。この仲裁令は、一定の規定に関しインド仲裁法を一時的に改正するものであった。しかしながら、国会の再開に伴い、インド政府は、仲裁令の規定をそのまま反映し、仲裁令の規定を恒久的な法律とすべく2015年インド仲裁及び調停(改正)法案(the Arbitration and Conciliation (Amendment) Bill, 2015)を国会に提出した。この仲裁(改正)法案は両院で可決され、2015年インド仲裁及び調停(改正)法(the Arbitration and Conciliation (Amendment) Act, 2015。以下「仲裁(改正)法」)として成立し、2015年12月31日に、仲裁(改正)法は大統領の承認を受け、現在は法律として効力を有している。

      3. (b) 前述の問題点に関する改正点
      4. (i) 仲裁裁定に関する裁判所介入可能性について

         インド仲裁(改正)法は、公序を仲裁裁定の取消事由として規定する仲裁法第34条を改正した。すなわち「公序」の解釈を説明・制限し、これに基づいて仲裁がインドの公序に反すると見做され得る条件を明確に規定したのである。インド仲裁(改正)法によると、仲裁裁定につき「公序」を理由とする裁判所への異議申立ては、①仲裁裁定が、詐欺・贈収賄に起因又は影響される場合、もしくは仲裁法第75条(和解手続きにおける守秘義務)、第81条(訴訟又は仲裁手続中の証拠としての和解手続きの許容)に違反する場合、②仲裁裁定がインド法の基本的な方針に反する場合、及び③仲裁裁定が道義又は正義のもっとも基本的な観念に反する場合のみ可能とされた。さらに、仲裁(改正)法は、仲裁裁定がインド法の基本的な方針に反するかどうかの判断は、本案に関する紛争の再調査を伴ってはならない旨説明している。この説明は、「インド法の基本的方針」という表現を限定的な意味で解釈し、新たに本案の紛争を再調査することにより仲裁裁定に干渉するための手段として用いてはならないことを保証するものである。また、仲裁(改正)法は、仲裁法第48条及び57条についても同様の改正を行い、外国仲裁裁定の執行が「公序」という言葉の解釈の不安定さに左右されないように配慮している。

        (ii) インド国外を仲裁地とする仲裁における暫定的救済

         前述のとおり、暫定的救済措置を規定する仲裁法第9条は、インド国内における仲裁に対してのみ適用されていた。しかし、仲裁(改正)法は、同条の適用をインド国外の仲裁に対しても拡大している。但し、当該インド国外の仲裁裁定が最終的にはインド国内で執行されるものであることを前提としている点には注意が必要である。